健康はてな?

60年のあゆみ

親愛60年のあゆみ

1960年-1970年
福岡市で初のビル内診療所誕生

 戦後15年を経て、高度経済成長に向かって走り出した1960年代、医学の分野はアメリカとの格差に驚きアメリカ追随の一辺倒であった。この頃から高血圧や心臓病・糖尿病といった成人病、がんなどに社会的な関心が高まってきたが、総合的な検査を受けるには数少ない大学病院などしかなく、手軽に検査を受ける病院がなかった。
 こうした中、株式会社電気ビル会長(九州電力株式会社初代社長・当法人初代理事長)の佐藤篤二郎氏が中心となり、天神にオフィスや飲食店を擁した、地上11階・地下3階の天神ビルを建設し、その3階に九州大学医学部の教授・助教授の賛同と指導のもと、福岡市では初めてのビル内診療所として、1960年(昭和35年)9月2日に医療法人「天神クリニック」を開設した。
  • 天神クリニック開業時(天神ビル)
    60年前の天神ビル 現在も外壁は当時のまま

  • 天神クリニック開業時(受付・待合室)


 当時は、翌1961年(昭和36年)の国民皆保険実施による医療費負担の軽減と医学への期待の高まりから、何はともあれ医療の量的拡充が要求されていた時代であった。このような社会状況の中、天神クリニックの開設は、地域からも医学界からも、期待をもって迎えられたと思われる。
 設備の面では、外来での精密検査と相談機能を目的にして、中央検査室の設置や最新のレントゲン透視装置、断層撮影装置を導入するなど、当時としては極めて先進的な試みであった。
 この科学的で最新の検査法による疾病の早期発見と人間ドック・各種健康診断による健康管理の徹底普及に努めることを目的に医師ほか総勢18名でスタートした。当時はまだ、一般には知られていなかった「人間ドック」を開始し、予防医学の啓発に貢献することとなった。また、「クリニック」という呼称の先駆けともなり、この後、○○クリニックの呼称やビル内診療所が増えてきた。
 それから4年後の1964年(昭和39年)4月4日には博多ステーションビル(現博多駅になる前のビル)内に「ステーションクリニック」を開設し、医師ほか16名でスタート。天神クリニックと同様に最新鋭の設備を整えたステーションクリニックは、地域のみならず旅行客や買物客にとっても有用であったことはいうまでもない。
 ステーションクリニックの開設を機に天神クリニックを「医療法人親愛」に改称し、天神と博多駅の両クリニックを運営することとなった。
  • ステーションクリニック開業時
    (博多ステーションビル)
    1963年開業の博多駅ビル(3代目)

  • ステーションクリニック開業時(受付)

1971年-2000年
福岡市の発展からバブル崩壊へ

 経済成長に伴い福岡市はビル建設がラッシュを迎え、加えて山陽新幹線・地下鉄・福岡都市高速道路も開通、人口は1960年の約2倍の124万人となった。都市の拡大に伴いビルクリニックも多くなり、競合することとなってきたが、1973年(昭和48年)頃から親愛本来の目的であった外来での精密検査、つまり人間ドック・健康診断を重視する方針に回帰していった。 そして、設立30周年を迎えた1990年(平成2年)に入るとバブル景気が崩壊し、日本の経済が低迷していき、少子高齢化は着実に進み、急騰した医療費と介護費の削減が大きな社会問題となり、医療を取り巻く環境が厳しくなるとともに、当法人の経営環境も例外ではなく悪化していった。

2001年-2010年
地域のみなさまの健康づくりの手伝いと経営改善に向けて

 2001年(平成13年)に経営の立て直しを図るため、新たな経営理念の確立、組織と人事の刷新を行った。「福岡でトップのビルクリニック・健康増進施設づくり」を目指し、翌年の2002年(平成14年)に天神クリニックの拡張と改装を実施、ヘルスケアセンター「ディア天神」を開設した。また、医師をはじめ、医療スタッフ全員が女性で受診者も女性のみの健康診断日「レディースデー」を実施すると数か月先まで予約待ちという人気メニューになっていった。
 同時期に天神クリニックは日本総合健診医学会「優良総合健診施設」の認定を受けた。
 2007年(平成19年)には博多駅ビルの建替えに伴い、ステーションクリニックは博多駅筑紫口隣接に新築の現デイトスアネックスビル3Fに移転し、翌年の2008年(平成20年)には日本人間ドック学会「人間ドック健診施設機能評価」の認定を受けた。
 受診者サービスの徹底を目指し、健康診断機能を支える消化器内視鏡検査・専門内科の充実や放射線透視装置、マンモグラフィー等々の医療機器の拡充、電子カルテ等各種のITシステムの導入による業務の効率化、職員の研修・教育による人材育成を強化してきた。その一環として職員の自己啓発、専門知識の向上などを目的に2010年(平成22年)に、第1回「親愛医学会」を開催した。また、地域の企業従事者の健康づくりと企業とのつながり強化のため産業保健・産業医業務の受託に力を注いだ。
 そして、2010年(平成22年)には開設50年を迎え、これを記念して、新たに「つながり」をコンセプトとしたシンボルマークを作成した。

2011年-2020年
総力をあげて皆さまのために

 健康診断・一般診療の更なる充実を図るため、高性能のX線CT装置など、新たな医療機器やシステムを導入し、良質な医療の提供に努め、また、企業との信頼関係の醸成と企業従事者に対する健康管理への協力を積極的に進めるため、産業保健活動の充実を図るとともに、地域の皆さまの健康づくりに力を注いでいる。
 同時に業務の効率化や徹底したコスト削減により経営の改善・安定化を進めており、その結果、基本理念に掲げた「受診された一人一人が、健康な暮らしと健全な社会生活を送られることを願い、私たちの総力を挙げて奉仕します」の踏襲と実現への取り組みがようやく実を結び始め、健康診断受診者も両施設を合わせて、2010年度(平成22年度)の約33,000人から2019年度( 平成3 1 年度)には約45,000人と増加してきた。2014年度(平成26年度)頃からは、経営状況も安定してきた。
 産業保健部門においては、地域の60数社・事業所の産業医として日々活動しており、言わば「企業のかかりつけ医」として、企業の健康経営のサポートを行っているところである。
 外来部門は両クリニック共に地域の皆さまが利用しやすい環境にあることは勿論であるが、健康診断結果に基づくアフターケアまでワンストップで行うとともに、婦人科ほか専門外来を設けるなど更に、診療体制の充実を図っている。 また、医師の養成・地域の健康づくりにも積極的に協力を行い、福岡大学病院からの研修医や福岡大学医学部からの社会医学実習生の受入れを行うとともに、同大学医学部衛生・公衆衛生学教室からの協力依頼を受け、地域モニターの心臓冠動脈石灰化CT検査を共同で行っているところである。
 組織面の強化と人材育成の面では、2017年(平成29年)に事務部門の組織改正を行い、業務運営の効率化・適正化をはかるとともに、職員の働き方改革なども進めている。
 その一環として外来受診者の状況などを調査・考慮した結果、特に育児中の女性職員が働きやすいよう、外来診療終了時間を18時30分から18時に短縮するなどの改革を行ってきた。
 一方、人材育成面では接遇研修ほか、全職員約100名を対象とした研修や各部門での勉強会など自主的研修活動を行うほか、2010年(平成22年)から毎年10月に開催している「親愛医学会」での研究発表や日本人間ドック学会をはじめ、各種学会・研究会において発表を行うなど、着実にその成果を上げている。因みに「親愛医学会」においては毎回、大学教授などのゲスト講師による特別講演会を行っているが、新たな取り組みとして、数年前からは同講演会には一般の方も参加いただけるようにした。
 また、2010年(平成22年)から毎年作成している、当法人の活動実績や記録をとりまとめた「医療法人親愛年報」も、年々内容を充実させ2019年(令和元年)10月には第10号を刊行するに至った。
 こうした中、2018年(平成30年)6月に2001年(平成13年)理事長に就任以来、新たな医療体制と組織づくりをはじめ当法人の改革を進めてきた朝長正道氏が最高顧問に就任、後任の理事長に前田和弘、副理事長に小野広幸・上村精一郎が就任し、当法人の将来を託した。
 そして、近年は、健康診断において、胃・大腸がんの早期発見のための内視鏡検査の実施を推奨してきたことなどもあり、受診希望者が増加してきたため、これに応えられるよう運営面や施設面の改善を行うこととした。
 この一環として2020年(令和2年)5月~7月にかけ、ステーションクリニックの内視鏡室・健康診断受診者用ロッカールームのスペース拡張及び、外来診察室は医師と看護師などのスタッフとの連絡・連携がより迅速・円滑におこなうことができるよう、診察室裏にスタッフ用通路(裏動線)を設けるとともに、診察前後の受診者対応を行う処置室を機能的なレイアウトに改修するなどの大幅なリニューアル工事を行った。
 今後は天神クリニックの内視鏡室増設も計画している。(2021年(令和3年)に増設を行った)
 

一歩・一歩着実に

 2020年(令和2年)5月には福岡市の人口は予想より早く160万人を超えた。
 福岡市が進める都市再開発計画「天神ビックバン」・「博多コネクティッド」によりオフィス人口の増加が予想され、福岡市の中心に位置する両施設における受診者サービスの向上は勿論のことであるが、企業従事者の健康管理や健康経営を進める企業への協力も充実させているところである。
 しかしながら、2020年(令和2年)は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、各医療機関は厳しい状況になっており、当法人も例外ではない。
 このため、受診者サービスのレベルを損なうことなく、更なる効率化やコストの削減など、でき得る限りの努力を行い、少しでも早い回復を目指している。
 当法人は、これまで幾度かの厳しい時期を乗り越えて60年を迎えることができた。これもこれまで支えてくださった地域の皆さまや企業、諸先輩をはじめ関係者の皆さまのおかげであり、深く感謝を申し上げるとともに、これからも、地域の皆さまや企業とのつながりを大切にしつつ、さらに未来に向かって一歩一歩前進していく。
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